帝王切開(カイザー)の手技・麻酔リスクと術前~術後の看護(2016/05/27)
経膣分娩が困難な場合の代替処置として行われる帝王切開。医療技術の進歩に伴い、帝王切開による死亡率は一昔前と比べて格段に下がったことで、現在では約20%、実に5人に1人が帝王切開により出産しています。
しかしながら、帝王切開は経膣分娩よりも母児ともにリスクが高く、決して安全な手術とは言えません。また、身体的なリスクに加え、妊婦においては多大な精神的負担がのしかかります。
帝王切開に直接的に関わるのは医師ですが、助産師や看護師も非常に大きな役割を担っており、母児の安全は助産師・看護師にかかっているといっても過言ではありませんので、母児ともに安心・安全・安楽に分娩を終えることができるよう、また予後良好となるよう、帝王切開に関する知識を深め、適切なケアを実践していってください。
目次
1、帝王切開とは
帝王切開とは、難産などの際に妊婦の腹壁・子宮壁を切り開いて胎児を取り出す手術のことで、医療現場では「カイザー」という用語が用いられています。
通常は、経膣分娩と呼ばれる産道・膣を介して分娩する方法がとられますが、胎児が正常に産道・膣を介して出られない場合には、腹壁・子宮壁から胎児を体外に取り出す帝王切開が行われます。
帝王切開には、妊娠中の健診であらかじめ経膣分娩が難しいと判断された場合に計画的に行う「予定帝王切開」と、妊娠中や分娩時に緊急に行う「緊急帝王切開」があります。
予定帝王切開においては、手術に際して妊婦が比較的安定した精神状態で臨めるのに対し、緊急帝王切開においては、心の準備が整っていない状態で臨むことになるため、より積極的な精神的ケアが必要となります。
また、手技・麻酔におけるリスクは避けられず、合併症による妊婦ならびに胎児の死亡例は経膣分娩の約4~10倍、死亡率は母体で約0.5~1%、胎児では2~5%と統計されています。
2、帝王切開の適応
帝王切開の適応は原則として、経膣分娩が不可能な時に行われます。しかしながら、緊急を要しない場合(予定帝王切開)と、緊急を要する場合(緊急帝王切開)とで、適応となる症例は変わってきます。また、母体側、胎児側それぞれの症例によっても適応は異なります。
予定帝王切開においては、母体側では「前回帝王切開」、「子宮筋腫」、「児頭骨盤不均衡(CPD)」、「合併症・感染症」、胎児側では「逆子(骨盤位)」、「前置胎盤」、「多胎妊娠」などがあります。
緊急帝王切開においては、母体側では「重症妊娠高血圧症候群」、「遷延分娩」、「軟産道強靭」、「子宮破裂」、「微弱陣痛」、胎児側では「胎児機能不全」、「臍帯脱出」、「常位胎盤早期剥離」、「胎児仮死」などの場合に適応となります。
2-1、予定帝王切開
■母体適応
前回帝王切開 | 前回、帝王切開がなされた場合には、切開部分が裂けるなどのリスク回避のために、2回目以降も帝王切開することが通常です。しかし、綿密な産前チェックや分娩管理により、経膣分娩ができる場合もあります。 |
子宮筋腫 | 子宮筋腫があっても問題なく経膣分娩は可能ですが、筋腫が大きい場合や産道を塞ぐような位置にある場合には、帝王切開が実施されます。 |
児頭骨盤不均衡
(CPD) |
妊婦の身長が150cm未満の場合や、胎児の大横径が大きく安全に産道を通ることができないと判断した場合には、妊娠37~38週を目安に帝王切開を行います。 |
合併症・感染症 | 心臓疾患、肺疾患、肝臓疾患、腎臓疾患、血液疾患、精神神経疾患、感染症などを有し、重篤化が予想される場合には、安全を最優先して帝王切開を実施します。 |
■胎児適応
逆子(骨盤位) | 骨盤位のほか、不全足位、膝位、横位など、正常な体位ではなく、胎児が産道・膣を介して安全に出ることができないと判断される場合に帝王切開を行います。ただし、骨盤位でも単殿位、骨盤児頭不均衡がない、臍帯下垂・脱出がないなど、条件が揃えば経膣分娩な可能な場合もあります。 |
前置胎盤 | 通常、子宮上部にあるはずの胎盤が子宮口付近にあり、子宮口のすべてを塞いでいる場合には、胎児が外に出られないため、経膣分娩を行うことができません。 |
多胎妊娠 | 双子や三つ子など、2児以上の胎児が子宮にいる場合、分娩に際する母体の負担が大きく、前期破水や切迫早産、妊娠高血圧症候群などの発症リスクが懸念されるため、母子の安全を考慮して帝王切開になることがほとんどです。 |
2-2、緊急帝王切開
■母体適応
重症妊娠高血圧症候群 | 妊娠高血圧症候群のすべての症例で帝王切開が実施されるわけではありませんが、重症の場合には弛緩出血や子癇発作、胎盤早期剥離、さらには血液を通して胎児に酸素や栄養が行き届きにくくなることで、胎児の発育不全や仮死などの危険があるため、緊急に帝王切開を行う必要があります。 |
遷延分娩 | 陣痛開始から初産婦で30時間以上、経産婦で15時間以上続く場合には、母体疲労に加え胎児機能不全に陥るリスクが高まります。多くは、母体の状態をみて誘発や吸引による経膣分娩を行いますが、それでも難しい場合には帝王切開を実施します。 |
軟産道強靭 | 陣痛が来ているのにもかかわらず、子宮頸管が未だ硬く子宮口が開かない場合、子宮の軟化を図ったり、開かせる処置が行われますが、それでも難しいと判断した場合には帝王切開が行われます。 |
微弱陣痛 | 陣痛が弱く分娩が長引くことで母体が著しく疲労します。場合によっては、胎児の健康状態の悪化を招くため、陣痛促進剤や吸引分娩などを行いますが、それでも経膣分娩が困難な場合には帝王切開となります。 |
■胎児適応
胎児機能不全 | 母体側の疾患や子宮などの状態により、胎児の心拍数の乱れ(増加または減少)が起き、衰弱している状態を胎児機能不全と言います。原因に対する処置のほか、まずは鉗子分娩や吸引分娩を行いますが、それでも難しい場合には緊急に帝王切開を行います。 |
臍帯脱出 | 破水後に胎児の頭より先に臍帯が外に出てしてしまうと、臍帯が産道と胎児の頭や体の一部で挟まれ、臍帯の血行障害、胎児への酸素供給量の減少など危険な状態に陥るため、緊急に帝王切開を行う必要があります。 |
常位胎盤早期剥離 | 分娩前または分娩中に何らかの原因で胎盤が子宮壁から急に剥がれてしまうことがあります。こうなると激しい腹痛や膣出血に伴いショック状態を起こすことがあり、母子ともに危険な状態に陥るため、緊急に帝王切開を行う必要があります。 |
胎児仮死 | 分娩中の子宮収縮に伴う子宮血液量の減少、臍帯巻絡、臍帯圧迫などにより、胎児への酸素供給量が減少すると低酸素状態になります。進行すると非常に危険な状態に陥るため、帝王切開が適応となります。 |
そのほか、母体側では「子宮破裂」、「感染症」、胎児側では「切迫早産」、「回旋異常」、「子宮内胎児発育遅延(IUGR)」、「前期破水(pPROM)」などの場合に帝王切開が選択されます。
3、使用する麻酔薬と手技
帝王切開では、腹壁・子宮壁を切り開くことにより激痛を伴うため、必ず麻酔薬の投与が必要になります。麻酔法には「局所麻酔」と「全身麻酔」があり、通常、予定帝王切開においては「局所麻酔」、緊急帝王切開においては「全身麻酔」が用いられます。
使用する麻酔薬には母児ともにさまざまな副作用・合併症の発症リスクがあるため、術中・術後の綿密な観察と管理が必要不可欠。特に胎児への観察・管理は入念に行う必要があります。
3-1、局所麻酔①(脊髄麻酔)
くも膜下腔に麻酔薬を注入し、神経の伝達を一時的に遮断します。手技が簡便で導入が速いなどの利点がある反面、低血圧や嘔気・嘔吐、頭痛など副作用の発症率が高いなどの欠点があります。
■利点と欠点
利点 | 欠点 |
|
|
■禁忌
①重度の母体出血、②重度の母体低血圧、③凝固系異常、④神経疾患・心疾患、⑤低身長・病的肥満患者、⑥刺入部の感染・全身性の敗血症 |
使用する薬剤は、主に「ブピバカイン」と「ジブカイン」が用いられます。これら局所麻酔薬における胎児への影響はほとんどありません。また、母体への副作用も低頻度であり、起こりうる副作用・合併症のほとんどは手技によるものです。
■使用薬
局所麻酔薬 | 作用発現時間(分) | 持続時間(分) |
ブピバカイン0.5%
(マーカイン) |
2~4 | 75~120 |
ジブカイン0.3%
(ペルカミン) |
3~5 | 120~180 |
■副作用・合併症
低血圧 | 麻酔薬を注入することで、注入部ならびに下肢の血管が拡張し、これに伴い全身の血液が下肢に移動し血圧が低下します。血圧が低ければ低いほど子宮胎盤血流が減少し、胎児アシドーシスや胎児徐脈を引き起こし、また母体にも危険を及ぼします。これを防ぐために、あらかじめ乳酸リンゲル液1000~1500mlやヒドロキシエチルデンプン製剤500~1000mlの急速な容量負荷を行います。また、臀部の下に枕を入れ、子宮を左方に転位するなどの対処を行います。 |
嘔気・嘔吐 | くも膜下腔への穿刺に対して、また低血圧による脳血流の減少、脳の低酸素症などが原因で起こると考えられています。血圧の低下を防ぐこと、早期に治療することが嘔気・嘔吐の予防に繋がります。 |
頭痛 | 頭痛の発生機序は、硬膜の穿刺孔から髄液漏出により脳圧の低下とそれによる脳支持組織の牽引が原因と考えられています。ほとんどは時間の経過とともに軽快しますが、程度が重い場合には輸液を行い改善を図ります。 |
ショック | 稀に麻酔薬によりアナフィラキシーショックが起こることがあります。また、血圧低下や嘔気・嘔吐などの副作用からショックへ移行することがあるため、全身状態の入念な観察が必要。ショックを起こした場合には、アドレナリン(エピネフリン)などの投与により改善を図ります。 |
3-2、局所麻酔②(硬膜外麻酔)
椎管内面の骨膜および靭帯と硬膜との間にある骨膜外腔に麻酔を注入し、知覚神経ならびに交感神経を直接的に遮断します。脊髄くも膜下麻酔で懸念される低血圧の発生頻度・程度が低く、術後の疼痛管理に使用できるなどの利点が存在します。その反面、手技がやや複雑であり、手技に伴う合併症の発症のリスクがつきまといます。
■利点と欠点
利点 | 欠点 |
|
|
■禁忌
①凝固系異常、②神経疾患・心疾患、③刺入部の感染・全身性の敗血症 |
使用する薬剤は、主に「リドカイン」、「ブピバカイン」、「メピバカイン」が用いられます。硬膜外麻酔においては、神経の遮断に多量の麻酔薬が必要となり、血中濃度が高くなることで、胎児へ悪影響をもたらすことがあります。また、手技がやや困難であるため、誤注や神経損傷などのリスクも存在します。
■使用薬
局所麻酔薬 | 作用発現時間(分) | 持続時間(分) |
リドカイン2%
(キシロカイン) |
10~20 | 45~75 |
ブピバカイン0.5%
(マーカイン) |
15~30 | 75~120 |
メピバカイン1.5~2%
(カルボカイン) |
10~20 | 45~75 |
■副作用・合併症
嘔気・嘔吐、頭痛、ショック | 脊髄くも膜下麻酔と同じ |
誤注 | くも膜下腔への誤注による徐脈・嘔心・低血圧・呼吸停止、血管内への誤注による局麻薬中毒を引き起こすことがあります。 |
神経損傷 | 穿刺時に脊髄の損傷、末梢神経の損傷を伴うことがあり、場合によって永久的な神経麻痺となることがあります。 |
そのほかの副作用、合併症については、「硬膜外麻酔(エピドラ)の看護|副作用・合併症における観察」をご覧ください。
3-3、全身麻酔
胎児機能不全や大量出血など、緊急に帝王切開を行う必要がある場合に全身麻酔(吸引→静脈)が実施されます。全身麻酔は導入が速く、緊急帝王切開時において非常に有効ではあるものの、薬物を含むさまざまな要素が胎児に影響を与える可能性が高いという大きな欠点が存在します。
■利点と欠点
利点 | 欠点 |
|
|
■禁忌
脊髄麻酔・硬膜外麻酔が適応となる症例 |
使用する薬剤は、主に静注用として「チオペンタール」、「プロポフォール」、「ケタミン」が使用されています。いずれも作用発現時間が速い反面、持続時間が短いため、多くの場合、継続投与が必要となります。
■使用薬
局所麻酔薬 | 作用発現時間(分) | 持続時間(分) |
チオペンタール | 即時 | 10~20 |
プロポフォール | 即時 | 5~15 |
ケタミン | 即時 | 5~10 |
■副作用・合併症
ショック | 局所麻酔と同じ |
誤嚥 | 全身麻酔下における帝王切開では、下食道括約筋圧低下、消化管運動性低下、胃内容の酸性度上昇、子宮による胃内圧の上昇など、胃内容物の気管内誤嚥が生じることがあり、これによる母体の死亡例がいくつか報告されています。 |
呼吸抑制(胎児) | 吸入麻酔薬が胎盤を通って胎児へ移行するため、胎児が呼吸困難となる場合があります。また、これによる娩出後の死亡例も報告されています。 |
大量出血 | 吸入麻酔薬による子宮筋の弛緩作用により、娩出後に大量出血を呈することがあります。 |
低酸素血症 | 妊娠時は非妊時と比べて血液中の酸素飽和度が低下しやすい傾向にあり、麻酔導入により低酸素血症に陥ることがあります。また、酸素供給量の不足に伴い、胎児も同様に低酸素血症に陥る場合があります。 |
そのほかの副作用、合併症については、「静脈麻酔の看護|術中・術後の観察と副作用・合併症」をご覧ください。
4、術前・術中・術後の看護
経膣分娩と比べて帝王切開は侵襲性が高く、また経膣分娩に対する希望や胎児に対する心配から妊婦の精神状態が不安定になることがほとんどです。
よって、帝王切開における看護は、侵襲面を考慮したバイタルサイン・全身状態の確認だけでなく、精神的ケアも同時に行う必要があります。
4-1、術前の看護
■インフォームドコンセプト
予定帝王切開の場合は、医師から適応理由やリスク、予後などについての説明がなされます。手術までの時間があるものの、受け入れるのが困難な妊婦は多く、術前に急に精神不安定となることも珍しくはありません。看護師からも詳細に説明し、妊婦が帝王切開に対して前向きに受け入れられるよう援助してください。
■準備に関する確認
予定帝王切開においては通常、分娩前に入院期間を設けます。血圧や体重、問診による母体側の健康チェック、超音波などによる胎児の健康チェックに加え、手術部位の剃毛、臍の掃除、絶飲絶食、浣腸や下剤による胃内容の空虚などの準備を滞りなく行い、すべてを確実に行ったのかを確認し、安全に臨めるよう体制を整えておきましょう。
■精神的ケア
帝王切開を予定する妊婦のほとんどが精神的に不安定になります。精神不安になる原因はさまざまですが、特に胎児への心配からくる不安が強い傾向にあります。頻回に訪室し、共感の心を持って励ますことでも不安の軽減を図ることができますので、積極的に寄り添う看護を実施していきましょう。
4-2、術中の看護
■バイタル・全身状態の確認
術中には、常に麻酔薬や手技に伴うさまざまな副作用・合併症のリスクがつきまといます。また、帝王切開が適応となるさまざまな疾患・状態に起因する合併症の発症リスクも忘れてなりません。常時、母児双方のモニタリングを行い、予想される副作用・合併症を念頭に置き、緊急時に迅速に対処できる体制を整えておきましょう。
■精神的ケア
局所麻酔においては覚醒した状態にあるため、術中の精神的ケアは重要です。医師や助産師、看護師が慌ただしく動いている、焦っている、不安な表情をしている場合、それは妊婦の精神状態に悪影響を与えますので、可能な限り落ち着いた状態で手術に臨むようにしてください。また、都度、声をかけるなど妊婦の不安に配慮した寄り添う看護が大切です。
4-3、術後の看護
■バイタル・全身状態
麻酔薬によるもの、手技によるもの、分娩によるものなど、母児ともに実にさまざまな術後合併症が存在します。また、激しい痛みにより苦しむ患者も珍しくはありません。早期発見・早期対処ができるよう、母児ともにバイタルサインや全身状態、帝王切開に付随する副作用・合併症の発症の有無を入念に確認・経過観察を行ってください。
■精神的ケア
精神不安になるのは術前・術後だけでなく、術後まもなく~数日にも起こります。原因としては、自分の力で分娩できなかったことに対する失望感、自分または児死亡の恐怖による術中のトラウマ、出生後の後遺症の心配など、さまざまな要因が考えられます。特に心身ともに準備が整っていない緊急帝王切開後の患者の不安の度合いはさらに大きく、児の健康状態が悪い場合はさらに大きな不安を呈します。
悩みや葛藤を傾聴するだけでも患者の心は和らぎますので、どのように接していいのか分からない場合には、共感の心を持って傾聴してあげてください。
まとめ
帝王切開にはさまざまなリスクがつきまとい、術前の母児の状態(疾患など)や麻酔薬、手技、分娩などにおける副作用・合併症による死亡例が多々報告されています。また、術前・術中・術後のすべての期間において多大な精神的ストレスがのしかかります。それゆえ、全身的な観察に加え、精神的ケアも必要不可欠です。
母児ともに安心・安全・安楽に分娩でき、さらに予後良好となるよう、心身両面においてさまざまな観点から包括的にサポートしていってください。
1983年生まれ。宮城県石巻市出身。正看護師歴10年。看護短大を経て、仙台市立病院の小児科で勤務。その後、小児科での経験を生かし、保育園看護師として同市内の保育園に就職。現在は1児のママとして、育児の傍らWEBライター・ブロガーとして活動している。
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