せん妄に対する予防的看護ケアと夜間せん妄の対応・対処(2015/10/21)
入院患者の多くが発症するせん妄。その発症率は10%~30%と言われており、判断や対応の難しさから軽視してしまいがちです。しかしながら、発症することにより基礎身体疾患へ悪影響を及ぼし、さらに死亡率の増加や入院の長期、医療費の増大など、患者やその家族に多大な負担がのしかかります。
それゆえ、看護師はせん妄を未然に防げるよう努めると共に、発症時には適切な対応のもと治癒を促進していかなければいけません。せん妄に関する知識を深めことで、予防・早期発見・早期改善を図ることができますので、当記事を参考に、せん妄に関する確かな知識を習得してください。
1、せん妄とは
せん妄とは、病気や薬剤などによって、幻覚・錯覚、注意力・思考力の低下、覚醒などの症状をきたす精神機能の障害で、多くの場合突発的に発生します。
せん妄は精神障害に分類されていますが、あらゆるタイプの“混乱状態”を指すことがしばしばあるため、医学用語としての具体的な定義は存在するものの、その実態は厳密ではありません。
多くの場合、突発的に発生しますが、これは正常ではなく、深刻な問題が新たに発生した兆候であるという見方もでき、特に高齢者の場合はこの傾向が強いと言えます。それゆえ、治癒に向けた迅速なケアが必要不可欠です。
2、せん妄の症状
せん妄の症状は下表のようにさまざまですが、中でも「注意障害」「見当識障害」「知覚障害」を呈する患者が多い傾向にあります。これらの症状は大抵、数日で治まりますが、場合によっては数週間~数か月続くこともあり、一度せん妄を経験したことのある人は高い再発のリスクがあります。
注意障害 | 注意が散漫し会話に集中できない。言葉や行動にまとまりがない |
記憶障害 | 昔のことは覚えているが、さっき話した内容もすぐに忘れてしまう |
見当識障害 | 日時や場所がわからなくなる |
知覚障害 | 幻視(実際には無いものが見える)、
幻聴(実際にしない音が聞こえる)、 錯視(天井のシミが虫に見えるなど実在するものを異なって知覚する) |
精神運動障害 | 興奮、多動、多弁、刺激に反応しない、自発的な言動がない |
情動障害 | 不安、恐怖、怒り、抑うつ、無欲、多幸など |
睡眠覚醒周期障害 | 断眠、不眠、昼夜逆転 |
3、せん妄の診断基準
「ぼんやりする」、「集中ができない」など本人からの訴えがある場合や、「言ってることがおかしい」、「忘れっぽくなっている」、「昼間にウトウトし、夜は寝ていないみたい」など客観的に上記のような症状が発現した際には、せん妄を疑います。
しかしながら、せん妄の診断基準は曖昧であるため、不眠症や鬱病、認知症と誤診されやすいのが現状です。なお、米国精神医学会診断基準(DSM-IV)において、以下の全てが該当する場合に「せん妄」と診断されます。
意識障害 | ボーっとしていて、周囲の状況を良く分かっていない |
認知機能 | 認知機能・知覚の異常、見当識障害、幻覚、妄想など |
日内変動 | 一日の中で症状にムラがある、夜間に悪化する |
原因の存在 | 原因となる薬物、あるいは身体要因が存在する |
3-1、せん妄と認知症の違い
上記で述べたように、せん妄と認知症は誤診されやすく、特に高齢者でせん妄症状が持続している場合には、認知症と診断されることが多々あります。せん妄と認知症の症状は似ているものの、5つの点において決定的に違いが存在するため、誤診しないよう、または誤診された後に早期発見できるよう、せん妄と認知症の相違点をしっかり理解しておきましょう。
せん妄 | 認知症 | |
意識 | 障害されている(意識混濁) | おおむね正常 |
発症の仕方 | 急激(数時間~数日)
発症日が明確である |
潜在的(数か月~数年)
発症日を特定できない |
経過 | 一過性 | 持続性 |
症状の動揺性 | あり | 目立たない |
精神症状 | 興奮・幻視など多彩に認められ、変動することが多い | 記憶障害や見当識障害が主であり、精神症状が出現することもあるが持続的であることが多い |
4、せん妄の原因
せん妄の原因は多岐に渡り、病気や薬剤だけでなく環境の変化や心理的不安、さらには加齢によって起こることもあります。
≪直接因子≫
身体的要因 |
■中核神経疾患
頭部外傷、脳血管障害、けいれん発作、変性疾患 |
■内分泌・代謝性障害 | |
■循環・呼吸器系疾患 | |
■他の疾患/状態
悪性腫瘍、重症外傷、手術侵襲、アルコール離脱、感染症、低体温、高体温 |
|
■薬物
ベンゾジアゼピン系(抗不安薬、睡眠導入薬)、抗パーキンソン病薬(抗コリン作用薬・ドーパミン作動薬)、三環系抗うつ薬、抗ヒスタミン薬、非ステロイド性抗炎症剤、抗生物質、抗がん剤、H2ブロッカー(シメチジン)など |
|
≪誘発因子≫
促進要因 |
■環境の変化
不慣れな環境、緊急入院、見慣れない人の存在、家族などいつもそばにいる人の不在 |
■感覚過剰・遮断
騒音、過剰な照明、視覚・聴覚障害、日時が確認できない状態、眼鏡・補聴器などの補助具未装着 |
|
■不動・身体拘束 | |
■疼痛
コントロールされていない疼痛 |
|
■排泄に関する問題 | |
■睡眠障害
不眠、コントロールされていない眠剤投与 |
|
■心理的ストレス
不安、気がかりな出来事、喪失体験 |
■せん妄を引き起こす主な薬剤
せん妄の多くは病気が障害の治療に用いられる薬剤によって引き起こされます。せん妄を引き起こす薬剤は多岐に渡るため、どのような薬剤がせん妄の原因となっているのか知っておきましょう。
抗不整脈薬 | キニジン、ジソピラミド(リスモダン)、プロカインアミド(アミサリン)、メキシレチン(メキシチール)、リドカイン(キシロカイン)など |
抗生剤 | アミノグリコシド系、アムホテリシン(ファンギゾン)、イソニアジド、クロラムフェニコール、スルホンアミド、セフェム系、チカルシリン(チカルペニン)、テトラサイクリン系、バンコマイシン、メトロニダゾール(フラジール)、リファンピシンなど |
抗コリン作用を持つ薬物 | アトロピン、抗精神病薬(コントミン)、抗パーキンソン病薬(アキネトン、アーテン)、抗ヒスタミン薬(アタラックスP)、三環系抗うつ薬、フェノチアジン系、点眼薬、点鼻薬など |
抗けいれん薬 | フェニトイン(アレビアチン)など |
降圧剤 | カプトプリル(カプトリル)、クロニジン(カタプレス)、メチルドパ(アルドメット)、レセルピン(アポプロン)など |
抗ウイルス剤 | アシクロビル(ゾビラックス)、インターフェロン、ガンシクロビル(デノシン)など |
バルビツール酸系 | チオペンタール、フェノバルビタールなど |
β遮断薬 | チモロール(プロカドレン)、プロプラノロール(インデラル)など |
H2拮抗薬 | シメチジン(タガメット)、ファモチジン(ガスター)、ラニチジン(ザンタック)など |
ジギタリス製剤 | ジスルフィラム(ノックビン) |
ドパミン作動薬(中枢神経系) | アマンタジン(シンメトリル)、ブロモクリプチン(パーロデル)、レボドパ(ドパストン)など |
GABA作動薬 | バクロフェン(ギャバロン)、ベンゾジアゼピン系など |
免疫抑制剤 | シタラビン(キロサイド)、ダカルバジン、タモキシフェン(ノルバデックス)、プロカルバジン(ナツラン)、ビンクリスチン(オンコビン)、ビンブラスチン(エクザール)、フルオロウラシル(5-FU)、メトトレキサート(メトトレキセート)、L-アスパラギナーゼ(ロイナーゼ)など |
MAO阻害剤 | イソニアジド、プロカルバジンなど |
麻薬系鎮痛剤など | イブプロフェン(ブルフェン)、インドメタシン(インダシン)、スリンダク(クリノリル)、ナプロキセン(ナイキサン)など |
交感神経刺激薬、覚醒剤 | アミノフィリン(ネオフィリン)、エフェドリン、コカイン、テオフィリン、フェニレフリン(ネオシネジン)など |
その他 | エルゴタミン製剤、ステロイド製剤、リチウム、ACTH |
5、せん妄の治療
せん妄は二次的に発生する精神障害であり、確実に治せる確立した治療法は未だ存在していません。しかしながら、ほとんどの場合、原因を取り除くことで改善を図ることができます。せん妄の発症期間はおおよそ1週間~2か月と短期的であるため軽視されがちですが、患者の負担は多大であるため、以下のような対策をとり、早期改善を図ってください。
■誘因となる薬剤の中止
せん妄の多くは使用薬剤により発症し、誘因となる薬剤は実にさまざまです。まずは、使用薬剤の中止を検討します。しかしながら、治療上どうしても中止することができない場合は、せん妄の発症率の低い同種の薬剤に切り替えるなど対策をとる必要があります。なお、根本的な治療ではないものの、せん妄の症状緩和を目的として鎮静薬を用いる場合もあります。
■身体疾患における症状の軽減
特に高齢者においては、現在患っている病気の症状、たとえば発熱や下痢などから脱水を起こすことがあります。脱水はせん妄の誘発因子であるため、脱水にならないようにすることで予防・改善を図ることができます。その他、貧血や低栄養状態化でもせん妄が起こる場合があります。ゆえに、体調管理を徹底することが重要となります。
■環境の改善・QOLの向上
入院や転居など異なる環境下での生活で多大なストレスがかかり、このストレスによりせん妄が引き起こされることがあります。そのため、“安心できる環境”を作ることが大切です。たとえば、適度な刺激を与え五感を刺激する、ラジオを聞かせる、カレンダーなど見慣れたものを身近に置く、などです。また、話をすることで精神的な安楽を確保することができるため、コミュニケーションも非常に重要です。これら環境の改善によりQOLが向上され、せん妄のみならずその他の精神障害や、身体疾患の治癒にも効果があります。
④睡眠・覚醒リズムの改善
せん妄の多くは日中に消退し夕方から夜間にかけて好発します。そのため、昼夜逆転してしまい、睡眠・覚醒のリズムに障害が起こります。この場合、一般的にはせん妄の発症リスクの少ない睡眠導入剤または精神安定剤をもって睡眠・覚醒リズムの是正することで、せん妄の症状が軽減されることが多々あります。
6、せん妄の予防的看護ケア
せん妄は偶発的障害ではなく、必ず何かしらの原因が存在します。特に病気や手術後に発生するせん妄(術後せん妄)は防ぎようがないと言っても過言ではありません。
しかしながら、環境的・心理的要因または生理的要因によって起こるせん妄は予防することができます。以下に予防的看護のポイントをご紹介します。なお、各項目はせん妄発生時の治療的ケアにも通じています。
■観察
|
■環境の調整
|
■コミュニケーション
|
■生活習慣の調整
|
7、夜間せん妄に対する対応
せん妄は夕方から夜間にかけて症状が出現する、または激しくなる傾向にあり、これを「夜間せん妄」と言います。この原因の1つに睡眠障害があり、昼夜が逆転することで夜間に興奮状態に陥り、不安感や寂しさから人を呼ぶ(叫ぶ)、暴れる、錯覚や幻覚による徘徊などの行動をとります。
この時、患者は興奮状態を呈していますが、心情・精神における状態は不安感で一杯です。自分がどこにいるのか分からない、周囲の状況が分からない、幻覚や妄想などにより不安感が高まり、奇声や徘徊などの行動をとります。
それゆえ、看護師は毅然とした対応をもって患者を安心させることが大切です。「静かにしなさい」、「早く部屋に戻りなさい」というように叱ることは逆効果で患者の不安感をより一層募らせてしまうため、必ず患者の精神状態を理解した上で優しく対応するようにしてください。
患者によって安心できる環境は異なりますが、「①安心に繋がる態度・表情・声で優しく傾聴する」、「②病室の電気をつけて少し明るくする」、「③背中や足をさすってあげる」、「④ぬいぐるみを抱かせる」など、不安感を軽減できるよう努めてください。
8、せん妄における安全確保
せん妄において、直接的な看護ケアは非常に大切であるものの、安全確保も忘れてはいけません。せん妄発生時には点滴ルートの抜去や転倒・転落などの事故の危険性があり、看護を行う上で事故は未然に防がなければいけません。以下に挙げるポイントをしっかり抑え、事故防止につなげてください。
■点滴ルート・点滴時間の工夫
ルートを首から通して見えなくする、点滴を視界に入れないなどの工夫のほか、可能であればせん妄症状が出現しない時間帯に点滴を終わらせましょう。
■障害物や危険物(ナイフ・ハサミなど)の除去
転倒・転落防止のためベッド上・ベッド下、床などに障害物がない状態を保ち、自傷・他傷行為を防ぐために室内にナイフやハサミといった鋭利な物を置かない、または目の届かないところに置くようにしましょう。
■離床センサーの設置
離床センサーを設置することで、徘徊時に早急な対応ができるほか、転倒予防にも効果的です。
まとめ
入院患者の10%~30%もの高い発症率があり、さらに再発リスクも高いため、軽く考えられているのが現状です。しかし、せん妄は患者やその家族に身体的・精神的な負担が大きくのしかかり、患者の基礎身体疾患への治癒を遅らせてしまいます。
せん妄患者に対する看護や対応の仕方は容易ではありませんが、せん妄に関する知識と患者の心情に対する理解があれば、どのように対応すれば良いのか自ずと見えてきます。一過性で発症率の高い精神障害だからと言って軽視するのではなく、確かな知識・理解をもって、せん妄ケアに努めていってください。
福岡生まれの東京都在住の正看護師。看護学校を卒業後、大学病院に就職、ICU、オペ室、循環器を経験し、美容クリニックを経て、現在はブロガーとして活躍。
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