病院や看護師など医療従事者に求められるコンプライアンス(2015/11/30)
ここ数年の間に急激に、日常や企業、医療現場などさまざまな場面で「コンプライアンス」という言葉が飛び交うようになり、特に医療現場におけるコンプライアンスの必要性はますます高まっています。
コンプライアンスは、患者に最適な医療・看護を提供するために必要不可欠な“倫理”であるため、すべての医療従事者が高い意識と理解力を有しておかなければいけません。コンプライアンスの概要や必要性がよく分からないという方は、当ページを最後までしっかりお読みいただき、理解を深めてください。
目次
1、コンプライアンスとは
コンプライアンスは「法令厳守」と訳され、法律を厳守するという意味を持ちますが、倫理や規則を厳しく守るという意味合いで使われることが多いのが実情です。
医療の現場において用いられるコンプライアンスという言葉は、一般的に患者が医師や看護師など医療関係者が指示する薬物の服用(回数や時間など)や行動制限などを遵守するという意味で使われることが多いものの、病院組織・医療従事者側の患者データの改ざんや個人情報の漏えい、不正行為・不祥事といったことも当てはまります。
コンプライアンスを徹底することで、病院・医療従事者・患者の3者すべてに益となり、反対にコンプライアンスに違反(ノンコンプライアンス)していれば3者すべてに不益となります。それゆえ、患者が医療従事者の指示に従うかというコンプライアンス概念だけでなく、病院・医療従事者もさまざまな事項において留意しなければいけません。
2、コンプライアンスの概要と違反例
上述のように、コンプライアンスの概念は患者だけでなく病院や医療従事者に対しても当てはまります。病院は医療従事者に働きやすい環境を提供するために、また患者により良い医療を提供するためにコンプライアンスを徹底しなければいけません。
また、看護師など医療従事者は病院の利益のため、患者により良い医療・看護ケアを提供するために倫理規範のもと行動しなければいけません。以下に「病院」・「医療従事者」・「患者」の3者における、コンプライアンスの概念をご説明します。
2-1、病院組織におけるコンプライアンス
病院などすべての医療組織が遵守すべき事項として倫理規範を定めていますが、これはコンプライアンスの概念そのものです。病院など組織におけるコンプライアンスは、医療従事者(職員)や患者だけでなく、地域や取り引き先の他病院との連携など多岐に渡ります。
■病院組織の倫理規範
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以上に挙げたものは一例であり、病院によって異なりますが、①患者、②職員、③地域への包括的な倫理規範が定められています。
また、中でも“法令”におけるコンプライアンスは最も目を向けるべき事項です。ここで言う法令とは職員に対する労働基準法や、患者のデータ改ざんなど不祥事、医療事故における隠ぺい、個人情報の漏えいなどのことです。以下に特に注視すべきコンプライアンス違反事項について解説します。
①労働基準法
労働基準法は厚生労働省より細かく定められており、病院組織は職員に安心・快適な職場環境を提供するために遵守しなければいけません。看護師において特に問題視されているのが労働時間、超過勤務・時間外労働、超過勤務・時間外勤務の未払い、有給休暇における労働基準法の違反です。これら所定の基準に違反していれば、職員の労働環境の崩壊により患者に対する医療の質の低下を招きます。それゆえ、病院組織は必ず労働基準法を遵守しなければいけません。
②各種データの改ざん
個人情報やカルテ、臨床検査データなど各種データはより良い医療を提供するための情報であり、故意に改ざんしたものでなくても過失による記載ミスもコンプライアンス違反になります。また、過失によるカルテの改ざん(遅延など)は、医師法第24条1項「医師は、診療をしたときは、遅滞なく診療に関する事項を診療録に記載しなければならない。」に抵触するため、これもコンプライアンス違反となります。
③医療事故の隠ぺい
昨今、医療事故の隠ぺいが後を絶ちません。医療事故とは、手術や薬物投与などによる医療ミスのことを指しますが、医療を提供するのは人間であり100%適切な医療を実現するのは不可能です。しかしながら、これら医療事故の実態が公になれば、利益や社会的評価の下落を招くため、多くの病院組織が隠ぺいという処置をとっているのが実情です。
④個人情報の漏えい
病院組織としての個人情報の管理は患者だけでなく職員や取引先にも当てはまり、個人情報の漏えいは個人情報保護法に抵触し、コンプライアンス違反となります。組織単位で個人情報の管理を徹底し、漏えい防止に努めるとともに、情報の取り扱いにも細心の注意を払わなければいけません。
2-2、医療従事者におけるコンプライアンス
上述したデータの改ざん、医療事故の隠ぺい、個人情報の漏えいなどのコンプライアンス違反は看護師など医療従事者においても当てはまります。最終的には病院組織が責任を問われますが、これらの不祥事はそもそも各人が行うものであるため、医療従事者は健全な態度で業務を行わなければいけません。
看護師においては、日本看護協会が定める「倫理綱領」や就業病院が定める「行動基準」を遵守し、医療従事者として自覚を持つとともに各患者にとって最良の看護ケアを提供しなければいけません。
■日本看護協会の倫理綱領
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このように、患者にとって不利益とならないよう、また、患者に最良の看護ケアを提供できるよう自己研鑽に励むとともに、安心・安全・安楽をコンセプトに業務に励むことが看護師にとってのコンプライアンスの重要要件となります。
2-3、患者におけるコンプライアンス
患者に対して“コンプライアンスが良い”または“コンプライアンスが悪い”と言った言葉が使われていますが、これは服薬や行動制限など医療従事者が指示した内容を遵守しているかという意味合いで用いられています。
①服薬指示の遵守
多くの疾病では、薬物を用いて治癒を図りますが、薬物にはそれぞれ適する回数・量・時期が定められています。これは、効能を最大限に発揮させるため、また、副作用の出現を抑えるためであり、遵守しなければさまざまな弊害が起こってしまいます。特に、高血圧や糖尿病などの慢性疾患の場合、服薬を中止することで血圧上昇変化や二次的合併症の併発を招いてしまいます。
慢性疾患は長期的に服薬しなければいけないため、現状では多くの患者がコンプライアンス不良状態であり、慢性疾患を患う患者の退院後のコンプライアンス不良は実に4分の3にものぼると言われています。それゆえ、医療従事者はより一層、患者の服薬コンプライアンスの推進に努めなければいけません。
②行動制限の遵守
疾病の種類によって入院時・自宅療養時に関わらず医療従事者が患者に対して行動制限を設けることがあります。行動制限とは、たとえば禁煙・禁酒・塩分摂取の制限・運動の制限など、生活習慣において有する疾病症状の増悪を抑制するために設けられています。生活上における行動制限が主であるため、服薬と同様に、現状ではコンプライアンス不良が目立っています。
3、患者に対するコンプライアンスの推進
上述のように、特に慢性疾患を有する患者のコンプライアンス不良が顕著であり、コンプライアンス不良であれば治療が遅延するだけでなく、二次的合併症の併発を招く危険性があります。これは、患者のQOL低下を招くのはもちろん、経営という観点からみた病院組織の不利益にも繋がります。それゆえ、医師や看護師は患者のコンプライアンスの推進に努める必要があります。
コンプライアンスを推進するためには、「①多角的な患者情報の取得」、「②インフォームドコンセントの徹底」、「③信頼関係の構築」、「④各患者に見合った実行可能な方法の確立」、「⑤経済的負担の軽減」の5つが主であり、これらを包括的に実施することで初めて効果を示すと言っても過言ではありません。それほどコンプライアンスを向上させることは困難なことなのです。
しかしながら、コンプライアンス不良患者が目立つ現状を打破し、多方面に益となるよう医療従事者は高い意識を持って向上に取り組まなければいけません。
①多角的な患者情報の取得
継続的な指示内容・治療計画の遵守を達成するためには、身体的・心理的な情報のみならず、社会的・経済的情報など包括的かつ多角的に取得する必要があります。アセスメントがしっかり行えていないと、そもそものコンプライアンス要件(治療計画)が適切でなくなってしまうため、主観的・客観的に批判的思考(クリティカルシンキング)を行いながら、包括的かつ多角的に正しい患者情報を取得しなければいけません。
②インフォームドコンセントの徹底
インフォームコンセントとは、「十分な説明を受けた上での同意」という意味を持ち、コンプライアンス向上において最も重要な要件です。特に服薬に関しては、薬物の有効性の疑心や、服用に関する心配(副作用・薬物依存の恐れ)など、患者は薬物に対して負の心情を持っています。また、服用中止における弊害への理解度が乏しいのもコンプライアンス不良になる原因です。
よって、薬物および服用に関して十分に説明した上で、確実な同意を得るとともに、不安・疑心の排除に努める必要があります。行動制限においても服薬と同様、インフォームドコンセントを徹底し、症状増悪に関する理解度を高めることが大切です。
③信頼関係の構築
患者の多くは受ける医療に対する不安が強く、医師や看護師を信頼できていないと、いくら適切にインフォームドコンセントを行ったとしても、満足のいく理解を得ることが難しく、長期的な視点からコンプライアンス不良に陥ってしまいます。長期的な治療を必要とする場合は特に、服薬・行動制限の遵守や継続的な通院を達成するために、医師・看護師と患者との間により良い信頼関係が非常に重要なのです。
④各患者に見合った実行可能な方法の確立
頻回の投薬・多数の薬剤など複雑な処方計画であったり、制限事項の多い緻密な行動計画であれば、継続的に実行するのが困難となり、やる気喪失により最終的には与えられた指示内容の中断に繋がってしまいます。
有する疾病の種類や症状によっては綿密な処方・行動計画を要しますが、コンプライアンス不良歴のある(または予想できる)患者に対しては、効能よりも継続的な服用を意識した説明を検討するなど、臨機応変に対処します。ただし、これには根拠のある優先順位をもとに決定しなければいけません。
⑤経済的負担の軽減
服薬や通院において、長期的な治療には多大な費用がかかり、特に高齢者の経済的負担は大きいと言えます。経済的負担により症状の緩和時に服薬を中止する患者が後を絶たないのが現状であり、医師や看護師はこの事実を深刻に受け止め、継続的な指示内容の遵守を達成するために、同様の効能を示すより安価な薬剤に切り替えるなど、適宜対応しなければいけません。
まとめ
このように、医療現場におけるコンプライアンスは病院組織・医療従事者・患者の3者すべてに当てはまります。医療従事者は、就業病院の利益となるよう、また、患者に最良の医療・看護を提供できるよう、一人一人がコンプライアンスに関して高い意識を持たなければいけません。
コンプライアンスは一種の“倫理”であり、やや難解ですが、患者により良い医療・看護を提供するという気持ちを持ち続け研鑽に励めば、自ずとコンプライアンスの概要や必要性がみえてきます。コンプライアンスとは何か、倫理とは何か、難解に感じる方は、まずは各患者にとって“最良となる医療・看護とは何か”を日々考えてみてください。
東京都在住、正看護師。自身が幼少期にアトピー体質だったこともあり、看護学生の頃から皮膚科への就職を熱願。看護学校を経て、看護師国家資格取得後に都内の皮膚科クリニックへ就職。ネット上に間違った情報が散見することに疑問を感じ、現在は同クリニックで働きながら、正しい情報を広めるべく、ライターとしても活動している。
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