専門医が教える!幸せホルモン「オキシトシン」にあふれる生活の過ごし方(2015/11/04)
目次
1 一人暮らしが寿命を縮める理由
「他人に関心を持つ」ということは、人類が生き延びていくために 最も重要なもののひとつです。他人と交わり生活していくことは私たちの健康に甚大な影響を与えるからです。質の高い良好な人間関係を築けている人々は死のリスクが低くなっていますが、独り暮らしの人々では死のリスクは高くなっています。
自分を支えてくれる家族を持ち親密な交流網を持つことが、健康を増進させてくれます 。長年連れ添った伴侶からの心の支えは心臓血管系や死亡率の高い疾患のリスクを引き下げる効果があります。心の支えがどのような形象として現れるかというと、それは会話時の「表情」「身体の動き」「言葉使い」「声のトーン」といった複数のデリケートな伝達様式によって表現されます。
夫婦間での情緒面での支えや思いやりの心は、「手を握る」「抱擁する」「寄り添って座る・寄り添って寝る」といった身体的接触行為によっても相手に伝わります。女性の例ですが、夫との抱擁の頻度と血圧値に相関関係があることが報告されています。
動物実験においても幾つかの哺乳動物については、仲間との接触が心理的・生理学的安定に必要不可欠であることが解っています。ネズミの実験では、ツガイにしていたネズミは仲間への敵対行動が減少し、仲間との適応障害に通常みられる心臓血管系・神経内分泌系の不調も抑制され仲間にみせる態度も穏やかになっています。幾つかの種においては「仲間と睦ぶ」行動は心理面の平穏のためにも生理機能の安定のためにも欠くべからざるものであることが示されています。一方で「仲間からの離脱」という状況は一つの強烈なストレス因子であることが知られています。
2 「オキシトシン」が注目される理由
オキシトシンは脳下垂体で産生される神経伝達物質(神経ホルモン)です。オキシトシンには既に良く知られた「授乳」「分娩の促進」のような哺乳動物としての繁殖機能を助ける働きの他に、抗ストレス作用や抗不安作用を持っています。オキシトシンは ストレスが誘起した視床下部—下垂体—副腎系の活性化を抑制します。
ラットで急性ストレスを負荷後にオキシトシン投与を行うとACTH、コルチゾールの放出が大幅に抑制されると共に、視床下部のストレス因子(CRF) の増加が抑制されます 。オキシトシンの外部からの投与はストレス性反応(不安行動)を減少させる効果があります。神経を損傷し鬱に似た行動を示す単独飼育されているマウスにオキシトシンを 投与するとその行動が改善されます。これとは逆に、ペアで共同飼育している動物に「オキシトシン受容体拮抗剤」を投与すると鬱に似た行動が表れます。
オキシトシンには社会行動や積極的な仲間付き合いを調整する重要な働きもあります。ハタネズミの実験では、外部から中枢神経にオキシトシンを投与するとパートナーを求めはじめオス・メス共に群れ合う行動が促進されます。人にオキシトシンを経鼻投与 (噴霧)すると他人を信用する度合いが上昇します。前向きに生きる姿勢は勿論ですが、日常生活の中で人と交わることで得られる相互作用が男女共にオキシトシンシステムを継続的に活性させています。ラットの実験では、世話をしてくれるものとの身体の接触が視床下部のオキシトシン放出を促していることが確認されています 。こうした結果は、日常的な人や仲間との交流(接触)がオキシトシン発現を増加させ、それに因って心理行動や日常活動を調節していることを示すものです。
オキシトシンはPTSD(心的外傷後ストレス症候群)の患者の治療に有力な候補だと言えます。その理由はオキシトシンには不安を和らげ意欲的な社会的活動を促す働きがあるからです。ストレスが機能性胃腸症を進行させる主な悪玉であることは広く知られています。機能性胃腸症を患う患者はしばしば生活面で消極的になる傾向があります。人に関心を持ち積極的に交友すると、中枢神経でオキシトシンの発現が増加しそれに因ってストレスの多い日常生活が乗り切れ胃腸障害が改善されます。オキシトシンの生理作用は、社会的愛着を持ち良好な人間関係を築く有用性の科学的/医学的な根拠を提供しています。
3 オキシトシンを増やす方法
積極的に人間関係を築くことは私たちのオキシトシンシステムを持続的に活性化させてくれます。積極的な人間交流は共感や思いやりの心情や行動を与えたり受けたりする双方向性の感情を受け渡しする行為といえます。人への共感は血漿中オキシトシン濃度を高めます。人の実験では共感の気持ちの高まりが見知らぬ人へ予想以上のお金を提供させていました。
このことから分かるように、オキシトシンは共感を感じたときに現れる生理学的特徴の一つであり、寛大さを調節しています。人と付き合うことは、お互いが共感・気遣いを授受しあうことで自分の身体の中に内因性のオキシトシン発現を増加させ、日常経験するストレスの克服に重要な役割を果たすことになるのです。助けを必要とする人々のことを考え彼らに同情を寄せるだけで視床下部のオキシトシン発現が増加します。そしてそのオキシトシンが我々の心と身体の健康を促進させるのです。
仏教では昔から「慈愛の瞑想」などの瞑想法の修行により人との交友を進んで行い、人を慈しむことを強調してきました。欧米の心理学者は、この「慈愛の瞑想」を応用し、最近Loving kindness meditation (LKM)という瞑想法を確立しました 。その研究結果は LKMの実践により慢性腰痛、心理的苦痛、怒りの感情が和らぐことを報告しています。私たちの身体の健康と心の平穏を保つためには他人との人間関係を自発的に構築し、人への思いやりの心を育むことを教える仏教の伝統を再評価することが大切になっているのです。
『もし他人を幸せにしたいと望むなら、他人のことを想いやりなさい。もし自分が幸せになりたいと望むなら、他人のことを想いやりなさい』(ダライラマ14世)。
他人を想いやることが、自他ともに幸せになれる鍵なのです。仏性とは天上の仏様から授かるものではなく、仏に手を合わせ他人のことを思い世の平和を願う時、内からおのずと湧き上がってくるものなのです。そして、その瞬間にこそオキシトシンが放出されています。その結果、我が子を抱く時の母親が体験する幸福感や安堵感を万人が感ずるのです。『慈悲』とはオキシトシンで媒介される感情の発露なのです。
4 ボランティア活動で寿命がのびる!
慈善活動は人にしか見られない、社会に積極的に関わろうとする社会的行動の一つです。寄付行為というのはそれを行う人に直接見返りがあるものではありませんが、それが慈善的な寄付であれば、社会的評価を得られるとか、善行をしているとき心に感じる満足感などを得ることができるでしょう。困っている人の心によりそい、共感することが慈善事業に寄付をする大きな誘引になっていると思われます。オキシトシンは人を信頼する心を高め、感情を豊かにし、進んで他人を助けてあげようとする心を育みます。
長期のボランティア活動および様々な種類のボランティア活動に参加することは共に、個人の幸福感並びに健康感と直結しています。他の人の役に立っている仕事をすることは気分を高揚させ、社会に溶け込んでいく度合いを促進し、健康を増進するばかりでなく寿命をのばす効果さえあるということが報告されています。「死を遠ざける」には何らかの社交クラブに属したりボランテイア活動に参加することがとても大切です。諸活動(PTA活動、青少年のスカウト活動、既読本配布活動など)に共通しているのは、いずれも所属する地域のコミュニテイとの関連が深く地域に貢献する活動であるということです。
この新しい着想・発見の心理・神経科学的証拠は一体どこにあるのでしょうか?最新の研究は、他の人の気持ちに寄り添い情けや愛情をかけることが視床下部でオキシトシン発現を増加させる重要な要因になっていることを挙げています。オキシトシンは心臓血管系を強くし、新陳代謝を円滑に保ち、痛みを和らげ、炎症を抑え、抗ストレス性を高くする等の作用に関連しているのですから、増量されたオキシトシンの発現は私たちの心と身体の健康維持に役立つことになるのです。
5 オキシトシンと他の脳内ホルモンとの関係
愛とは私たちが信頼や信念を想念したとき励起される感情ですが、そのとき脳内ではオキシトシン、ドーパミン、エンドルフィン、セロトニンなどが分泌され,神経生理的には複雑な現象が起こっています。 視床下部のオキシトシン神経は脳内の様々な部位にその神経の分枝を投射しており、その結果、多彩な生理作用を発揮します。例えば、側坐核ではセロトニンやドーパミンの放出を刺激し、中脳水道周囲灰白質では、エンドルフィンなどのオピオイド(脳内麻薬)を刺激します。
扁桃体ではgamma-aminobutyric acid (GABA;ガンマ-アミノ酪酸)を刺激します。一方、青斑核や弧束核ではノルアドレナリンの分泌を抑制します。側坐核からのセロトニン/ドーパミンの増加、扁桃体でのGABAの増加、青斑核や弧束核からのノルアドレナリンの減少などは、ストレス反応の軽減に関与しています。
縫線核は 脳幹にある神経核の一つで、睡眠覚醒・歩行・呼吸などのパターン的な運動や注意・報酬などの情動や認知機能にも関与しています。生化学的にはセロトニンを含む細胞が多数存在するのが大きな特徴です。セロトニンには、不安を減らして気分をよくする効果があります。うつ病患者ではセロトニンの低下が指摘されています。
報酬系とは、ヒトや動物の脳において、欲求が満たされたとき、あるいは満たされることが分かったときに活性化し、その個体に快感を与える神経系のことです。ドーパミン神経で、とくに前頭葉に分布するものがこの報酬系に関与し、意欲、動機、学習などの適応において重要な役割を果たしています。ドーパミンによって、生物は報酬が得られることを求めるように動機づけられ、報酬のための行動を続けることが快感になるのです。うつ病患者にみられる興味または喜びの喪失は、報酬系が報酬として機能しなくなる状態であることが指摘されています。つまり、うつ病患者にみられる興味または喜びの喪失は、報酬系が十分に機能しなくなった状態である可能性があります。
良好な社会的刺激によってオキシトシン分泌が刺激されると、このオキシトシンによって、快感を生じさせる他の二つの神経伝達物質(ドーパミンとセロトニン)が誘発されます。このように、オキシトシンはセロトニンやドーパミンと相俟まって相手が感謝の笑みを見せるような他人に優しい行動を強化し、気分を高揚させてくれるのです。
この回路があるからこそ、私たちは道徳的な行動を快感を感じながら繰り返すことができます。オキシトシンは共感を生み出し、それが原動力となって私たちは道徳的な行動をとり、道徳的行動が信頼を招き、信頼がさらにオキシトシンの分泌を促し、オキシトシンが一層の共感を生み出します。これこそが「善循環」と呼ばれる愛のループなのです。
ところが、ストレス、心的外傷、怒り、不安 などの負の要因がをこの回路(オキシトシン、ドーパミン、セロトニン)を押さえ込みかねないのも事実です。これらの影響に惑わされない様にオキシトシン神経を鍛え、強化していく必要があります。私たち人類は過去数千年の間に、オキシトシン神経を鍛える方法を試行錯誤しながら開発してきたのです。それが様々な宗教の修行形態なのです。
6 オキシトシンに溢れる生活とは
オキシトシンは、その発見以来「母子の絆」、「性愛行動」、「人の付き合い方」、そして「心の安定」、「身体の健康」に関係していると考えられています。幸福感・健康感というのは心理的・身体的に病気から解放されている状態であり気持ちが全てに前向きで充足した状態をいいます。オキシトシンは、ホルモン分泌の活発化や 健康の増進は勿論のこと、対人関係の向上、信頼獲得の強化、不安・心配の軽減を叶えてくれるのですから幸福への誘引剤といえます。オキシトシンは身体的接触や精神的な触れ合いよってその分泌が増えるので、人と人との相互作用が始まる切っ掛けに関わっています。そして、その相互作用から得られる恩恵にも関わっています。
オキシトシンは私たちが幸福になれるよう広範囲な効果を持っていますが、それ故に、逆にこの分泌機能が働かなくなった場合、私たちは病的な状態になり生活の質が落ち込む原因にもなります。そして自閉症、統合失調症、 外傷後ストレス障害、抑鬱症などの精神疾患が引き起こされるのです。
オキシトシンを治療に使えば対人関係を良好にし個人の幸福感を高めることができるかもしれません。更には「恒常的不安」「反復行動」「信頼性の低下」「引きこもり」などに特徴づけられる神経精神性疾患への治療に応用が利くかもしれません。このようにオキシトシンは能動的な対人関係を上手くやれるかどうか、つまりそのことによって、心理的・精神的幸福感を得られるかどうかの鍵を握っています。幸いにも、オキシトシンが人と人との繋がりを促進し一体感を高めているという現象については既に幾つもの例証が挙げられています 。
近い将来、オキシトシンの鼻腔噴霧は私たちの日常生活上のストレス克服に効果があるとされる日が来るかも知れませんが、オキシトシン経鼻投与の効果には疑問が残ります。オキシトシンを毎日投与しているとオキシトシン受容体が鈍感になったり内因性のオキシトシン合成が減弱するとか、或いはその両方が共に起きる恐れがあるからです。こうした理由から、外部から投与する外因性オキシトシンに頼るよりも私たちの体内(視床下部)の内因性オキシトシンのシステムを活性化させることが強く推奨されます。
愛する家族と団らんのときを持つことや、仲間と交流のときを持つことが視床下部のオキシトシン発現を増加させ、その結果日常生活上のストレス克服や胃腸障害の抑制につながります。意欲的・積極的な人との交流を続け、それにより共感の授受を行うことで、私たちの脳内でオキシトシンのシステムが活性化するのです。
参考文献;高橋徳著『人は愛することで健康になれる』(知道出版)
この記事の執筆・監修ドクター
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